2014年8月1日

『思い出のマーニー』感想など

 『思い出のマーニー』は米林監督の描く女の子に期待して観に行った。マーニーがとてもよかったので個人的には満足だ。あのナチュラルな上から目線に萌える男子は多いのではないだろうか。あとは杏奈が肌着をチラ見せしてくるのはなんなんだろうと気になった。本作はマーニーに萌えて、杏奈に共感していくという映画だったと思う。

 杏奈の心境、とりわけ孤独感には大いに共感させられた。物語前半の彼女の疎外感や、またパーティーの会場で花売りの格好でグダグダな感じになった辺りの逃げ出したい感じ、夏祭りで唐突にキレてしまうあたりのコミュ障具合が心に刺さった。杏奈のこういうところに共感できるかどうかが、本作を楽しめる条件なのではないだろうか?この映画は見た目に反して非常に狭く人を選ぶ映画だと思うし、スタジオジブリには珍しくはっきりと若者向けな作品だったのでは?

 杏奈が自分のバックグラウンドと居場所をはっきり掴んだことで映画としてはハッピーエンドを迎える。それで彼女が学校で快活になれるかというとそうではない。その居場所は学校ではないし、自分はクオーターだと知ってしまったことも微妙にマイナスに働くはずである。彼女の苦難はきっとまだまだ続くもので、それに打ち勝つことを切に願う次第である。

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 この映画を見ていて、スタジオジブリは「上流階級の子女が不思議に出会う」というニッチな市場を持っていたんじゃないかと感じた。というかスタジオジブリは人間の「階級」について特筆すべき表現力を持っている。金持ちと設定されたキャラクターは説明なしでそれがわかるし、その家系の由緒、歴史とか、なにより思い出を描けるってのがめちゃくちゃすごい。その表現も多種多様で的確だ。それは単なる優劣にとどまらない。マーニーと杏奈の家庭環境もそうだし、都に出る前と後の竹取の翁、風たちぬの堀越二郎と街の子供たちの所得の差、ピッコロ社のジジイの札束単位での金勘定のシーン、サツキとカン太の家、シータとムスカの血統の差、王女としてのナウシカとクシャナの立ち振る舞いの違い……。とにかくあらゆる「違い」がありありとわかるなあなどと。

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